蜜月まで何マイル? 春一番
 



          




 ちょいと視線を上へと上げれば、澄み渡った春の空が青々と広がり、甘い風も穏やかで気持ちのいいお天気の、それは素晴らしい航海日和。誰の手が、意志が、及んだものでもない、まさに天然の賜物であり、ああいい気持ちだなあと深呼吸の一つもしたいところだが…地上はそれを許さない喧噪に満ちあふれ。よく言ってそれは生き生きとした活気に満ちた此処は、所謂“市場”のど真ん中。
「凄いねぇ〜〜〜。」
「ああ。こうまでにぎやかな市場ってのは久々じゃねぇか?」
 随分な幅と長さがあるらしい大通りであるが故、当分の距離の間には視野を遮るようなものの一切存在しなかろう中。青く晴れわたった空の下が、見事なまでに人・人・人…で埋まっている様はまさに圧巻としか言いようがなく。
「本来は、ほれ、あっちとあっちの隅に並んでいる建物の一階部分だけが、所謂“店舗”って奴だったんだろうにな。」
 そんな店舗と向かい合うように、すぐ前の歩道部分にも屋台が店を広げ、その背中側の、恐らく荷馬車が通っていたのだろう大通りに向いての出店が増え、それを見て通る人の反対側にも荷車が停まり…という案配で。まるでプラットホームが幾つもある駅のように、何筋もの人の流れに洗われる、出店の“島”が幾つも形成されてる、今の現状へまで発展したものと思われて。
「ここいらは海も穏やかだが、こっから先は俺らが乗り切って来た寒い海域の手前だからな。」
 冬島海域のしかも真冬を航行するなんて、普通の感覚ならばまずは避けること。海こそが住処の海賊でさえ、その数カ月ほどは何処ぞの島影で冬籠もりするものだってのに、お初の航路へ臆しもしないで突っ込んでった向こう見ず。急ぐ理由なんてなかったのにね。強いて言えば、一つところに居続けする方が、彼らにもそれから…居られた方にも苛酷だったから。
(う〜ん) それでとただただ前進を続けたまでのことだった“大例外”な彼らの話はともかくとして、
「行きにせよ帰りにせよ、補給の船は必ず寄る。冬島へ向かう船は燃料や食料をたんと積まにゃあならんし、冬島からの船はすっからかんになってる貯蔵庫を埋める資金にって、珍しいものを置いてくから、そういうものを専門にしてる筋の輩も買いつけに来る。そんな船の行き来のせいで、こうまでの栄えっぷりなんだろうさ。」
 市
いちが栄えるのは悪いことじゃあない。農作物や手仕事にて作り出した細工物などの余剰を交換し合うことから始まった“商業”は、そのまま人と人との“交流”でもあり、経済は土地と土地の絆をつなぎ、ますますの“豊かさ”を広げもする。また、そういった物流に乗っかって様々な“情報”も行き来し、文化文明の普及・伝播に拍車をかけ、人類の進化・進歩を加速させる原動力にもなる。
「?? 最後のは何なんだ?」
 キョトンとするチョッパーへ、
「だからよ、東の里ではこういう栽培法を使ってるとか、西の国でこういう発明品があるそうなとか、これが南で流行ってる機巧・道具だとか。人の工夫や発見がまだ知らないって土地にも素早く伝われば、それを応用した上での“先のもの”を次の奴は考え始めることが出来るだろ? もうとっくにあるものを、基礎から立ち上げるという時間の無駄を省ける。」
 かつては自分もそういう交易点でもあった海上レストランにいたからか、サンジは事もなげにそうと説明してやって。片や、あまりの厳寒に覆われた冬島海域島に生まれ育った、しかもトナカイさんだったから、外の世界を殆ど知らなかったチョッパーにしてみれば。人がその長い歴史の中で紡いで来て発展させた知恵と工夫の一端を新たに知って、
「ほええ〜、そっかー。」
 素晴らしくってしょうがないというお顔になるのが、何とも素直で愛らしいったら。シェフ殿の言った“無駄”ってのは言い過ぎかもですが、情報の共有により“もっと先の物”をという工夫の進化に一足飛びに取り組める。これの整備されたものが“特許”なんですね。特許というと、発明を知的財産とするという考え方の下に設立されたもの…とだけの印象が強いものの、実は実はそれだけじゃあない。それはもう別の人が発案して完成させているよ? と広く知らしめることで、せっかくの優れた知力と時間の無駄遣いをしないでね? という“効率”を考えて立ち上げられたものでもあるのだ、いやホントに。
「ま、そういう歴史っつか高尚なお話はいつでも出来る。とっとと補給の買い物を済ませようや。」
 なかなかの繁盛っぷりは島ごとを潤しているのか、港もまた大きく賑わっていたので、船や帆にちょちょいと細工し、一般の商業船を装って入港したところ、さしたる詮索も細かい審査もないままに、あっさりと上陸を許可された彼らであり。海賊からの襲撃がなかった分、とっとと通過出来たとはいえ、我慢も強いられた冬からの脱却という弾みもあってのこと、心浮き立ち、見るもの全てに目移りするのは分かるけど。次の島までのログがたまるのに1日しかかからぬ当地でもあるので、やるべきことは手早く済ませようとばかり、補給の主なもの、食料の詮議担当者が荷物持ちたちを促したところが、

  「…あ、ゾロだ。」

 今は小さな直立トナカイの姿になって、狙撃手さんに肩車されていたチョッパーが、その小さな蹄で差した先、買い物客たちの流れを、丁度こっちへ向かってやって来る、なかなかの上背をした青年がいて。
「あんな地味な奴を見分けるとは、さすがは野生の鼻だよな。」
 眸も冷めるような美女ならいざ知らず、むくつけき野郎の詰まらんその姿、こうまで混み合う雑踏の中から自分までが発見しちゃったのがさぞ不愉快だと言わんばかり。不機嫌そうに眉をしかめた金髪のシェフ殿が、そんな言い方をしたのへと、
「? 地味か?」
 チョッパーもウソップも気をそろえて、同じ方向へ かっくりこと小首を傾げる。そりゃあまあ、地毛からの緑頭というのは結構珍しいかもしれないが、今時ならどんな色にだってカラーリング出来るのだし。腰に差したる三本の和刀も、敵からの分捕り品とか、若しくは、T.P.O.に合わせて使い分けているだけのことなのかもしれない。
(…う〜ん) ド派手で奇妙ないで立ちをしている訳でもなければ、奇声を発しながら人を押しのけして駆け回っているって訳でもなし。(…怖いって) 上背があると言っても、見上げるほどもの飛び抜けたノッポでもなければ、小山のような巨漢でもない。活力に満ちてこそいるが、殺気立ってまではいない市場の真ん中。あまりの人込みや喧噪に、多少ほど辟易してはいるらしかったが、平穏無事なことで何へも身構えていない今、一体誰が、この男を…結構有名な凄腕の賞金首だと気づくだろうか。途轍もない瞬発力を蓄えたその筋肉は、腕のも胸のも足腰のも、それもこれも大人しく鳴りを潜めているばかりなので。よくよく眺め回さねば、彼がいかほどの達人であるのかなんて、パッと見にはまず判りようがないかも知れない。修羅場にあっては眼光鋭く、視線だけで相手を竦ませられるほどもの覇気を帯びてる鋭角的な面差しも、敵意を嗅ぎ分けていない今は…何とも暢気そうな穏便なお顔だったりするもんだから。それを指しての“地味”発言をしたらしきシェフ殿からの、憎々しげな視線が届いたか、
「…ああ、お前らか。」
 わざわざ逢いたかなかったのは向こうも同じだったらしくって、気づきはしたからしょむなくという感じでの会釈を向けて来た。それから…おもむろに訊いて来たのが、

  「ルフィを見なかったか?」

   ――― はい?

 この破天荒な麦ワラ海賊団における一番の古株。一番最初にルフィが“仲間にするぞ”とその居場所へ向かった相手という、名誉なんだか迷惑なんだか、そんな馴れ初め・経緯をキャプテンと分かつ剣豪であり。そんなせいでか、相手の気概や何やにも、恐らくは最も通じ合っていて。ここぞという時、見交わす目と目だけで呼吸を合わせての、意志の疎通なり大技とそのフォローなりを、どれほどの見事さでどれほどの数だけこなして来た彼らだったかは、もはや枚挙の暇もなくて。よって…というのも何だけれど、戦闘以外の役目のない彼は、平静時は自然と船長のお守り役を受け持ってもいたりするのだが。…とはいえ。別に、いつもいつも一緒ということもない。船の中は狭いから、まあ…居場所が近いってのはしょうがないこと。退屈を持て余してか“ごろごろ・ぐるぐる♪ 構っておくれvv”と懐くのを、どうどうといなすお守り係をこなしている時はともかくも。こうやって島へとついてからの行動は、別々になることの方がむしろ多い彼らでもあって、
“まあ…腕力を見込んでそれぞれに補給用の荷物持ちを割り振られちまうのと、方向音痴の王者と注意力散漫な迷子の帝王と、だかんな。”
 どういう体内磁力を持っているのだか、ただ逆を選ぶというのとも また違う、とんでもなくって想像もつかないほどの方向音痴が、もはやデフォルト…初期設定として皆にも浸透し切っているゾロと。鼻先を掠めた風の匂いにさえ易々と誘われてしまい、最終目的をあっさり放り出してはそっちをついつい追ってしまう。好奇心の赴くままに行動してしまう…という困った性癖のある船長と。そんなお二人だからして、それぞれ別々の班へと割り振られて使われて来たのも当然のこと。狭い船ならいざ知らず、こうまで開けた陸に上がって、微妙な例えながら…手もつながないままでは1分1秒だって一緒にいられる筈がない。
「何だよ、さっそくの迷子か?」
 呆れたなあとまずは素直に応じたチョッパーが、
「まだ見てないぞ。」
 かぶりを振りつつ応じたお顔の真下から、
「言っとくが、チョッパーの鼻は今はアテに出来ねぇぜ?」
 何故だかウソップがそんな風に言葉を足した。草食のトナカイさんの鋭敏な警戒心の助けにと発達したものとして、この船医さんに備わっているのが野生そのもののレベルの嗅覚と聴覚なのだが、
「食べ物や香料、屋台の料理なんかの匂いが凄まじく入り混じっててよ。引っ繰り返るほどじゃあないけど、嗅ぎ分けとかが全く利かないんだと。」
 針を落としたような微かな音にも反応するセンサーに、重低音もずんどど・びんびんのグラムロックなんか聞かせたらどうなるか。赤外線探査スコープに昔のコタツを“えいっ”とめくると目潰しになるように(出展が分かる人は Morlin.と同世代だぞvv)敏感も過ぎると考えものってやつですね。ゴメンね役に立てなくてと、にゃは〜vvと苦笑するかわいい子には罪はないことくらいは、いくらゾロでも分かっていよう。気にしないでいいぞと言う代わり、途中から上手に角が出ている緋色の山高帽子をぽふぽふと、大きな手のひらで撫でてやる。
「食いものの屋台もたんと出てるからな。大方、それのどっかに引っ掛かってんじゃねぇのか?」
 計り知れないその言動と比例して、何たって食いしん坊な船長だからね。体中がゴムのように伸びる“ゴムゴムの実”なんてな悪魔の実を食べてしまった副作用か、燃焼効率が途轍もなく悪い彼だから、
「色恋よりも食い気か。何ともあいつらしいことだよなぁ、おい。」
「色恋の例えをなんで俺に振るかな、この色気眉毛がよ。」
 おおう。コックさんからの他愛ない一言に、あっさりと挑発されたゾロもゾロで。あっと言う間に揮発性がぐんと上がって、毎度のことながら困ったもんだよ、双璧の睨み合い…ってか?
「サンジもな〜。いちいち、つっかからなきゃ良いのによ。」
「だって仲間だから。おら笑えってことで構い立てするのは仕方がないだろ?」
「…そだねぇ。」
 突っ込みどころ満載なお返事をありがとうと、色々なもろもろの表面的なところしか判ってないらしきチョッパーに、ウソップが無難なお返事。これって実は、この時期なら他の生き物にも顕著に見られよう同性間での威嚇行為、一人の、同じ“姫”を巡っての、何ともややこしい恋の鞘当ての延長なんだよと、
“言っても通じなかろうしなぁ。”
 そんな空しいことを何で当事者でもない俺が説いてやらにゃあならんのだと、そう思っての曖昧な応じがいつまで通じることなやら。………外野の言い分や事情はともかく、

  「先を見越してか出し抜いてか、
   仕事を負わされる前にっていち早く
   二人して飛び出してったまでは良かったが、
   肝心な相手とはぐれてちゃあ、目も当てられんわなぁ、このマヌケ。」
  「うるっせぇな。
   粋に構えてる振りしながら、結局そうやってお里がすぐ出る野郎が
   聞いたような口利いてんじゃねぇよっ。」
  「んだと、ごらぁっ!」

 お買い物が目当てな人々が主役な筈の、市場の通りの結構真ん中。商人というカテゴリーには籍を置いてないらしき若いのが二人、今にもう唸り出しそうな凶悪そうなお顔になっての睨み合い。巻き添えになるのは御免だからと、多少は避ける人も現れてか、微妙な遠巻きにされての空間が出来つつあって。そんなせいで尚のこと、彼らの存在感が際立ってくのが…実は連れには一番に迷惑。だって彼らは、何たって海賊で。その上、破格の値がついた賞金首のいる一団だから。海賊のみならず、名を上げたい賞金稼ぎにも追われるし、よくよく彼らの正体を知らない一般の方々からも敵視を向けられるのは致し方なく、
『だってそのための触れ書きなんだし。』
 匿うなんて以
っての外、そいつらは悪人ですからね、通報して下さいよと、そういう意味合いあっての手配書なのだから、ある意味ハンデだと思って諦めるしかないわよねと、ロビンが穏やかに微笑し、
『ハンデと思うとかやるせないと感じてくれりゃあ、あたしたちだっていっそどれほど助かるか。』
 行動の枷になるなんてとんでもない。そんなこと最初っから念頭にないんだもの、それで騒ぎを起こしちゃあこっちにまでとばっちりが来るんだから堪ったもんじゃないわよと、相変わらず辛辣で容赦のない言いようをしたのがナミで。聡明な女性陣のお言いようを借りずとも、そのあたりへはいつだって共感出来てる“巻き添え”組の狙撃手さんが、そろりそろりと見物人、若しくは“部外者”たちの側に混ざろうとしての後ずさりを仕掛かっていると、

  「待ちやがれっ!」
  「その首、俺らがもらったぁっ!」

 すぐの間近で どんっと沸いて弾けた雄叫び。いやいや、そっちにしたって いきなり始めた騒動でもなかろうが。これもまた市場の喧噪に紛れていたものが、野牛の暴走もかくやという勢いにて一気に近づいて来たがためにその声をこちらに届け、こちらが妙な緊張に張り詰めてたものだから、その声が一際クリアに轟いた、というところかと。しかもしかも、数十人は居ようかというその一団の先頭に立って、こちらへと猛然と駆けて来たのが、

  「「「「ルフィ〜〜〜?」」」」

  「おうっ、皆っ。」

 そっちは楽しんでるか? そんじゃ後でまたな〜〜〜っと。一瞬たりとも速度を緩めぬまま、右から左へごくごく自然に、風をまとってという勢いにて一気に駆けてった彼だったから。
「…どういう鬼ごっこだ。いや、マラソン大会か?」
「初めての土地でもお構いなしに友達作りまくんのが、ウチらのキャプテンの十八番
おはこだかんなぁ。」
 遠ざかるキャプテンの麦ワラ帽子付きの背中を、額へわざわざ庇代わりに小手をかざして見送りながら。ついさっきまでの自分らの睨み合いも忘れて、妙に気の合ったご意見を述べ合ってる双璧たちへ、

  「追われてんだ、ありゃあよっっ!」

 あとちょっとで“傍観者”になりかかっていたのになぁ。何でこんな、隙を放っておけなくて ついつい突っ込みを入れたくなる性分をしているのかなぁ、俺。スルーせずに突っ込めと言わんばかりの、他力本願な甘えたれボケが多いからなぁ…と。泣きそうになりながらも自分のポジションをきっちりこなしたウソップだったのは…ともかくとして、(「…おいこら」
「さすがはトラブルメーカーだよな。」
「ああ。早速これだもんな。」
 それぞれに男でも惚れ惚れしそうな余裕や苦笑を滲ませて、片やは頼もしい後ろ首を大きな手でわしわしと撫で、片やは小粋にその肩をひょいっとすくめた双璧ふたり。
「しゃあねぇな。」
 見たところ、追っ手の手勢に特に手強そうなのはいなかったが、例え雑魚でも数いりゃ“勢い”というものも加勢しよう。万が一ということもあろうからと、一団が駆けてった方へ…まだ後塵が見えるのを幸い、腰の刀に軽く手を添え、追うためにと続いたのが剣豪ならば、
「香辛料と肉類各種は俺が見繕うから、それ以外のブツを書いてある量だけ買っといてくれ。」
 今日は暖かかったので、チョークストライプのシャツの上、漆黒のベストスーツ姿のその懐ろから、ぴらんと取り出したお買い物メモを、ウソップの肩車に乗ったままのチョッパーに手渡してから、こちらさんは全く逆の方へと駆け出したのがシェフ殿で。
「…あれれぇ?」
「サンジは方向音痴じゃあなかった筈だよな?」
 ちょうど前と後ろと、真っ向から別々の方向へとそれぞれに駆けてった、GM号の看板戦闘員二人。サンジの方はルフィを追ったんじゃないのかな。そか、きっと綺麗なお姉さんが眸に入ったんだぜ、ありゃあ。勝手なことを言いながら、出演者たちがいなくなった舞台からお客様がたが一斉にハケてゆくのに合わせるように、狙撃手さんと船医さん、頼まれたお買い物へと意識を切り替え、まずは小麦粉とお砂糖だぞと店を物色にかかったのでありました。







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  *カウンター 203,000hit リクエスト
    りんご様 『…まだナイショvv』

  *つか、ここまでの前半部で、全然お題に掠めてさえいないのもどうかと。
   しかも妙にドタバタに力入ってますし。
(苦笑)
   続きもすぐに、頑張って書きますので、どかお待ちを。